Blog

子どもには、優しさの前にワガママを知ってほしい

おままごとの布団に横たわる猫

年齢の近い子ども同士で遊んでいると、相手の使っているものを自分も欲しくなる、そんなときがあります。

「それ、貸ーしーてー」と1人の子が相手の子に手を伸ばす。
保育園では日常茶飯事のそんな光景は、お母さんが子連れでママ友と会うときにもきっと見られますよね。

もし他人の子どもが自分の子どもに「それ貸して」と訴えたとき、あなたはご自分のお子さんにどんな声をかけますか?
「いいよ、でしょ?」と貸してあげることを促す。
その結果、あなたのお子さんが自分のおもちゃを相手に差し出してあげられれば、一件落着です。

・・・本当にそうでしょうか?

 

この子は、嫌なときには「イヤ!」と他人に向かって言える子なのでしょうか。

もしできないのなら、「いいよ」を求めるのは、この子が「イヤ!」の気持ちを存分に言葉にできるようになってからの話です。

大人が子どもに最初に教えるべきなのは、「嫌なことはイヤって言っていいんだよ」ということです。
友達の気持ちを考える優しさよりも、お母さんを怒らせることへの恐れよりも、この子に一番最初に知ってほしいのは、自分の気持ちにぴったりの言葉を見つけ、口にすることです。

もちろん、他人の顔色を気にしながら渋々口にする言葉も、社会を生きていくためには欠かせない力です。
でも、それを身につけるのは後でいい。

 

小さな子どものそばにいる大人に必要なのは、子どもの本心に一番近い言葉を必死に考えて、気持ちと言葉とをつなげてあげることだと思うんです。

「あなたは今、きっとこんな気持ちなんだろうね。それにはこの言葉がぴったりだよ。」って子どもに言葉を差し出してあげる。

僕自身、そんな保育士でいられたらいいな、と思います。

子どもの名前が、周りの人からたくさん呼ばれますように

すべり台を上る女の子の背中

保育士の仕事をしていると、様々な名前の子どもたちに出会います。

文字として書かれた子どもの名前を目にすると、お母さん・お父さんはどんな思いを込めてこの名前を選んだのだろうと想像がふくらみます。

と同時に、「これからの長い人生で出会う多くの人たちから、その名前をたくさん呼んでもらえるといいな」と願わずにはいられません。

 

僕の名前は、馨(かおる)といいます。

子どもの頃、幼稚園バスの運転手さんが僕のことを「かおるちゃん、かおるちゃん」と呼びました。
周りにいた他の子どもたちにはその響きが面白かったようで、「かおるちゃんだって。女の子みたい。」と笑われてしまいました。

 

学校に通うようになると、毎年4月に初対面となる教員からは、必ずといっていいほど名前の読み方を尋ねられました。
その中で、中学校の英語の教師だけは、いつまで経っても僕の名前を覚えることができませんでした。

毎回授業の度に、僕を「まつもとはじめくん」と呼ぶ。
馨(かおる)と肇(はじめ)の字は作りが少し似ているんです。
最初のうちは間違いを訂正していたけど、回を重ねると指摘するのも億劫になって、僕は「はじめくん」の呼びかけに返事をするようになりました。

読んでもらえないことが呼んでもらえないことにつながると、虚しい気持ちになることを知りました。

 

大人になった今は、僕は自分の名前が好きです。
響きが綺麗で字の形がキリッとしてる。
何より、「周囲に良い影響を与える」という意味が素敵だな、と思う。

僕に名前をつけてくれたのは両親だけど、漢字自体はもっと昔からあったんですよね。
「かおる」と「馨」と言葉の意味とをつなげた人が、僕の両親の生まれるずっと前に確かにいたんだと思うと、何だか不思議な気持ちになります。